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三ヵ所の大規模移住地を含めて八三ヵ所に計二〇万人が移動した。
それの現在の姿が、移住政策を見極めるカギになりそうだ。
関係者によると、前回の移住者は故郷に逃げ帰ったり土地が悪くて逃げ出したりして、今では住民が半減してしまったところが多いという。
残っている人も、政府の食糧配給に頼りっぱなしの者も少なくない。
新たな移住についても、各国から派遣されている援助関係者の間で「自然の破壊と貧困を北から南に移しただけに終わり、数年を経ずして、彼らが捨てねばならなかった北部と同じ状況が再現されるだろう」とする不安の声が広がっている。
先にのべたように発展途上国を中心に、すさまじいばかりの森林破壊が進行している。
とくに破壊の集中している熱帯林は、毎分四〇ヘクタールという猛スピードで消えており、過去五〇年で森林面積が半分になったと推定されるほど開発の標的にされている。
熱帯林の残されている中南米、東南アジア、西アフリカなどは、どこをとっても人口の爆発地帯である。
と同時に、貧困地帯でもある。
土地に飢えた農民、都市をはみ出した貧困層、越境した難民が入り込んで、わずかな畑をつくるために焼き払う。
あるいは先進国の大企業が乱伐し、牧場に変える。
このままでは、今世紀内に発展途上国の主たった森林が姿を消すことは避けられないだろう。
ということは、地球規模での気象異変や土地の悪化に伴う農業の荒廃が、さらに進行することを意味する。
地球環境の専門家の間では切羽詰まった危機感が高まっている。
まず、私たちにとって身近な二つのアジアの国の現状から報告したい。
このタイ、フィリピンとも、かつては世界的な木材の輸出国だったにもかかわらず、輸入国に転落、あるいは、転落しつつある国である。
一九八六年夏、一〇年ぶりにタイの北東部を訪れて、ここが同じ場所だろうかとなかなか信じられなかった。
カンボジアに近いアランヤプラテートは、当時すでに難民が殺到して森林が消え始めていた。
うっそうと茂っていた熱帯林は今やまったく姿を消して、難民収容のテントやブリキ板をたたき付けた急造の小屋が並んでいるだけの原野になっていた。
押し寄せた難民が、薪や小屋がけの木材として伐り尽くしたのだ。
タイ語で「森の国」を意味するアランヤプラテートは、地名にその名を残すだけとなってしまった。
北東部を占めるコラート高原は、暗いまでに濃緑色のジャングルが広がっていたのが、一面の水田に変わっていた。
水田の中にわずかに残された木々が、かつての熱帯林の名残りであろう。
同行のタイ王室林野局の専門家は「人口の爆発で急速に開墾が進み、こんな山地にまで水田がはい上がってきた」という。
一九六五年以後の二〇年間に、水田は四倍にもなった。
水田の中に残された木も、薪や炭にされて次第に少なくなっている。
さらに高度を上げると水田は姿を消し、代わって一面にキャッサバとトウモロコシの畑になる。
焼け焦げ九大木が畑の中に無残な姿をさらしているところを見ると、焼き畑である。
遠く大木を伐り倒、その場で炭をつくる。
一九六五年以後の二〇年間に、トウモロコシ畑は五倍になり、キャッサバにいたっては作付面積が二〇倍にも増えて、ブラジルに次ぐ世界第二の生産国にのし上がった。
これからとった澱粉が飼料として欧州共同体(EU)諸国に送り出される。
以前は、熱帯林特有のムッとする草いきれの匂いが立ち込めていたのが、沿道に立ち並ぶ澱粉精製工場から流れる甘ったるいキャッサバの悪臭が取って代わっている。
この地下茎がイモになる新大陸原産の作物は、荒れ地でもよく育つので、世界中のどこの熱帯地方でも救世主扱いだ。
だが、これしか育たないということは、焼き畑を何回か繰り返し、疲れ切った土が他の作物を受け付けなくなったということでもある。
キャッサバが最後に残された養分を吸い尽くしたあとに続くのは、不毛の雑草原か砂漠である。
山の向こうに広がる山麓を見ると、ここではヤーカーと呼ばれるオオチガヤが一面に平地を覆っている。
さらにヤーカーのお化けのようなヤーパン(イネ科のサッカリウムの一種)も入り込んでいる。
高さ四メートルにもなる竹のように頑丈で手におえない雑草だ。
いくら除いてもすぐに広がって作物は何もできなくなる。
斜面は、赤土が剥き出しになり、人間の腰までも埋まりそうな鋭い亀裂が網の目のように走っている。
何年かキャッサバを作った後、放棄された畑である。
コラーの小さな村で、信じられない光景に出会った。
わずかに低木の点在するだけの水田に、石灰を撒いたように白い粉が吹き出していた。
目をこらして見ると、塩である。
乾期には、この土を集め、煮詰めて塩をつくっている塩田だった。
土地管理局の担当者によると、森林破壊の結果、塩が湧き出してきたという。
この一帯の地下には、マハサラカム層と呼ばれる塩分を多く含む地層が横だわっている。
地表が森林で覆われているときには、何の問題もなかった。
ところが、二〇年前ほどから森林が焼き払われ、水田の造成が進んできた。
緑の「日傘」を失った土地は、熱帯の太陽にあぶられて水分の蒸発が激しくなる。
このとき、塩分を含んで地下深くから吸い上げられてくる水分は、地表に塩分を置き去りにして蒸発していく。
以前は雨期になると、地表の塩分も洗い流されていたが、上流に濯漑用ダムが建設されたために地表を流れる雨水も少なくなり、塩類の蓄積に拍車をかけている。
こうなると、コメもできない。
北東部では、このような塩害地は農地の一七%に及んでいる。
農民はやむなく、水田を塩田に変えて生計を立てていたのだ。
タイ北東部は、国連環境計画(uNEP)が、エチオピア、バングラデシュ、ペルーなどと並んで、緊急の環境保護対策を要請している「生態系の崩壊」地帯である。
一九六一年には四二%が森林で覆われていた。
だが、八二年に米国の地球観測衛星ランドサット3号が送ってきた衛星写真には、一五%余の森林しか写っていなかった。
何と二〇年間に四五三万ヘクタール、つまり九州の面積を上回る森林を失ったのである。
タイはかつて、世界的に知られた高級材の輸出国たった。
戦前には全国土の七~八割が熱帯林で覆われていた。
林業統計の整備された六一年でも、国土面積の五三・三%がまだ森林だった。
ところが、八二年の衛星写真の分析では、三〇・五%しか残されていない。
六〇年代には年間の森林消失は二〇~三〇万ヘクタールだったのが、最近では四〇~五〇万ヘクタールに倍増している。
毎年、千葉県ほどの森林が失われるこの速度は、アジアでは、マレーシア、フィリピンに次ぐものだ。
こうした森林の荒廃から、木材輸出国も七七年、ついに総量で輸入国に転落した。
船材や高級家具材として人気のある特産のチーク材の生産量は、七四年当時は二五万四三〇〇立方メートルあった。
それが、八五年には七分の一に激減している。
今では、チークの木彫や家具も、材料は保護林から盗伐されたものや、隣のビルマから密輸入されたものの方が多いといわれる。
こうした森林破壊の最大の理由は、他の発展途上国と同じ人口の急増だ。
一九〇五年にタイで最初に行われた国勢調査の結果は、約七五〇万人だった。
それが、五四年に二〇〇〇万人、八七年には五三〇〇万人を超えた。
わずか三三年間で二・六倍にもなったのである。
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